弘山、大逆転で初優勝/マラソン
<名古屋国際女子マラソン>◇12日◇名古屋市・瑞穂陸上競技場発着
37歳のベテラン弘山晴美(資生堂)が、涙のマラソン初優勝を飾った。前日本記録保持者の渋井陽子(三井住友海上)に一時は58秒の大差をつけられたが、残り1キロで大逆転。2時間23分26秒でゴールし、最後のマラソンと決意して挑んだ10度目のレースで悲願の初王座を手にした。元トラックの女王は、国内主要マラソンで日本人最年長優勝の記録を刻み、来季限りでの現役引退が濃厚。夫の勉コーチ(39)と始めた二人三脚の陸上人生は、最終章に突入した。
最愛の人の胸に飛び込むと、弘山の目から涙があふれてきた。「よかった、すごいよ」という夫の勉コーチの言葉に、また泣きじゃくった。「やっと優勝ができました」。37歳の美しすぎるヒロインは、10度目の挑戦でつかんだ夢に顔をくしゃくしゃにした。
感動的な逆転優勝だった。11キロから独走する渋井に、30キロ手前で最大58秒、約300メートルという絶望的な差をつけられた。前日本記録保持者の姿は視界に入らない。最も過酷な状況を沿道で勉コーチが、併走しながら支えてくれた。35キロで39秒差に、40キロで20秒差に縮めた。残り1キロでついに抜き去った。
「いつもは後半の体力が心配だったけど、今回は自分のリズムで走った。(逆転できたのは)経験かもしれない」と弘山は言い、夫の支えに「2人とも優勝がなかったから、何とか実現したかった」と付け加えた。
資生堂入社3年目の93年、職場恋愛で元マラソン選手の勉コーチと結婚。37歳で迎えた今年、今回が最後のマラソンと考えていた。過去2位が3度、勉コーチも90年福岡の2位が最高。「映画も買い物もしない、仮面夫婦と呼ばれるくらい」(勉コーチ)の2人は私生活を犠牲にしてまで、陸上に打ち込んできた。だからドラマは生まれた。
1度も実現できなかったマラソンでの五輪代表の夢は、もうない。08年北京五輪まで現役続行の意思もない。来季にあたる今年6月の日本選手権でトラックを走り、12月の全日本実業団駅伝で資生堂を初の日本一に導くことが、残されたわずかな動機付け。たとえもう1度マラソンに挑んでも「北京のペの字も頭にない」。あと1年で一線から退く可能性が高く、この勝利で出場権を得られるアジア大会も辞退する方向だ。
レース後はかつてのライバル、アトランタ五輪マラソン代表の真木(現姓山岡)和さん(37)と長男達弥君(2)が「金メダルおめでとう」と祝福に駆けつけた。2人が昨年末に贈ってくれたお守りをつけ、レースに臨んでいた。弘山が次のステージで描く夢は、コーチと選手ではない関係なのだろう。まぶしい功績を残し、カウントダウンの陸上生活を送る。【横田和幸】
[2006/3/13/10:10 紙面から]
写真=歓喜のポーズでゴールテープを切る弘山晴美
|