関西国際空港8・2第2滑走路オープン 旅立ちの決意 width=

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空港はオンとオフのスイッチが切り替わる場所

ザルツブルク DF 宮本恒靖

 元日本代表主将でザルツブルクDF宮本恒靖(30)が、海外2年目のシーズンに挑む。11日にオーストリア1部リーグが開幕。約2週間のオフを日本で過ごした宮本は6月10日に関西国際空港から出発し、オーストリアに戻った。定位置確保、欧州チャンピオンズリーグ(CL)本戦出場を目指す決意の旅立ち。同空港第2滑走路オープンを1カ月後に控えた関空で、宮本は空港の思い出、今季にかける決意を語った。

宮本写真 宮本写真 宮本写真

 ダークスーツに身を固めた宮本の表情に、決意がにじんでいた。2シーズン目に臨むため、関西国際空港から旅立った6月10日。空港内での会見後、横断幕を持ったツネ・ファンらの声援を受け、さっそうと搭乗口へ向かった。

 それは、これまで宮本が何度も経験してきた光景でもある。日本代表の海外遠征、W杯ドイツ大会のアジア予選…。G大阪ではアジアCLのアウエー戦でも関空から戦いに向かった。「出発のときは、いつもピリッとしますね。アウエーのときは、向こうの空港についたときからスキを見せないようにするとかね」。テークオフは、心の中に試合開始のホイッスルが鳴り響く瞬間でもある。

 関空に戻ったときは、その逆だ。「着いたときは、帰ってきたことにホッとする。あぁ、家に帰ってゆっくりできるなあと」。今回、移籍1年目で優勝したオーストリア1部リーグを終えて5月24日に帰国した際には「こんなに長く日本を離れたことがなかったので、オフで戻ってくるというのが何か不思議な感じがした」と笑った。

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 宮本にとって空港は、オンとオフのスイッチが切り替わる場所だ。10代後半から世代別のカテゴリーで日本代表に選出され、海外遠征を繰り返してきた。プライベートでも海外旅行を趣味としている男にとって、もうその感覚が体に染み込んでいるのだろう。

 2年目の海外挑戦に旅立った宮本は、着々と地歩を固めている。G大阪時代にプレースタイルの手本としていた元ドイツ代表主将のローター・マテウス監督が突然解任されるハプニングもあったが、6月15、16日と連戦だった練習試合にチームでただ1人連続フル出場した。若い選手に対して積極的に指示を出し、チーム全体をも引っ張る“ツネ・スタイル”も発揮してアピールしている。

 いよいよ、11日にはオーストリア1部リーグの07-08シーズンが開幕する。「今回はシーズンの最初からチームにいる。前回とは違う。チームメートと監督の信頼をさらに高めていきたい」。1月から移籍した昨季は、合流後の公式戦17試合で宮本の出場は10試合。先発は5試合にとどまった。決して満足いく結果ではなかった。「首位にいるチームに途中から入っていく難しさを感じた」ともどかしさがあっただけに、今季は開幕までに定位置を取ることが最初のテーマになる。「開幕までの期間は大事になる」。元日本代表主将が、練習から必死に信頼を勝ち取ろうとしている。

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 そこから続く大きな目標が、7月31日か8月1日に初戦を迎える欧州CL予備戦2回戦だ。「昨季は3回戦で敗退した。本選に出て本物とみんな思っている。その中で自分も挑戦したい」。3回戦を突破すれば、欧州でしか経験できない最高舞台に立つチャンスがある。欧州に拠点を置いた昨季は、リアルタイムで欧州CLをテレビ観戦してきた。「ACミランの効率のいいサッカーが印象に残った。ずっと見ていたから、身近なものという感じがした」。そのピッチが今、手の届くところにある。

 宮本はシーズン通しての目標として、声に力込めて言った。「何か形として、いい結果が出せるようにしたい」。次に関空に降り立つとき、宮本がどんな土産を手にして帰ってくるのか―。新たなステージに向かって旅立った30歳の挑戦に注目だ。【西尾雅治】

 

宮本恒靖(みやもと・つねやす) 1977年(昭52)2月7日、大阪・富田林市生まれ。生野高1年時にG大阪ユース一期生として入団。95年にプロ契約、同大経済学部にも進学した。G大阪ではDFリーダーとして05年リーグ初制覇に貢献。J通算295試合7得点。07年1月、ザルツブルク移籍。代表はU―17、U―20世界選手権(現W杯)、シドニー五輪でいずれも8強入り。A代表は02年W杯日韓大会、06年ドイツ大会で主将も務め通算71試合3得点。176センチ、72キロ 。